【10回目の挑戦】武豊、凱旋門賞挑戦の歴史を振り返る【ドウデュース】

海外競馬

今年、10回目の凱旋門賞に挑戦する武豊騎手。

日本調教馬・外国調教馬を合わせて、これまで9回挑戦してきました。

最高着順は3着です。

これまでの武豊騎手の凱旋門賞挑戦にフォーカスした形でレース当時を振り返ります。

まずは、これまでの戦績をご覧ください。

武豊、凱旋門賞挑戦の歴史

挑戦回数 馬名(英語表記名) 調教国 着順 前走 厩舎 凱旋門賞の勝ち馬(英語表記名) 勝利騎手(英語表記名) 勝利調教師(英語表記名)
1回目 1994年 ホワイトマズル(White Muzzle) 6着 ドーヴィル大賞(GⅡ)1着 ピーター・チャップルハイアム カーネギー(Carnegie) ティエリ・ジャルネ(Thierry Jarnet) アンドレ・ファーブル(André Fabre)
2回目 2001年 サガシティー(Sagacity) 3着 プランスドランジュ賞(GⅢ)2着 アンドレ・ファーブル サキー(Sakhee) ランフランコ・デットーリ(Lanfranco  Dettori) サイード・ビン・スルール(Saeed bin Suroor)
3回目 2006年 ディープインパクト(Deep Impact) 失格(※) 宝塚記念(GⅠ)1着 池江泰郎 レイルリンク(Rail Link) ステファン・パスキエ(Stephane Pasquier) アンドレ・ファーブル(André Fabre)
4回目 2008年 メイショウサムソン(Meisho Samson) 10着 宝塚記念(GⅠ)2着 高橋成忠 ザルカヴァ(Zarkava) クリストフ・スミヨン(Christophe Soumillon) アラン・ド・ロワイエ=デュプレ(Alain de Royer-Dupré)
5回目 2010年 ヴィクトワールピサ(Victoire Pisa) 7着 ニエル賞(GⅡ)4着 角居勝彦 ワークフォース(Workforce) ライアン・ムーア(Ryan Moore) マイケル・スタウト(Michael Stoute)
6回目 2013年 キズナ(Kizuna) 4着 ニエル賞(GⅡ)1着 佐々木晶三 トレヴ(Treve) ティエリ・ジャルネ(Thierry Jarnet) クリスティアーヌ・ヘッド(Christiane Head)
7回目 2018年 クリンチャー(Clincher) 17着 フォワ賞(GⅡ)6着 宮本博 エネイブル(Enable) ランフランコ・デットーリ(Lanfranco  Dettori) ジョン・ゴスデン(John Gosden)
8回目 2019年 ソフトライト(Soft Light) 6着 ドーヴィル大賞(GⅡ)2着 ジャン=クロード・ルジェ ヴァルトガイスト(Waldgeist) ピエールシャルル・ブドー(Pierre-Charles Boudot) アンドレ・ファーブル(André Fabre)
9回目 2021年 ブルーム(Broome) 11着 フォワ賞(GⅡ)2着 エイダン・オブライエン トルカータータッソ(Torquator Tasso) ルネ・ピーチュレク(Rene Piechulek) マルセル・ヴァイス(Marcel Weiss)
10回目 2022年 ドウデュース(Do Deuce) ?着 ニエル賞(GⅡ)4着 友道康夫

※レースでは3着入線。レース後のドーピング検査で禁止薬物のイプラトロピウムが検出され失格処分となった。

1994年ホワイトマズル(White Muzzle)6着

ホワイトマズルは、社台ファームの吉田照哉さんが所有した外国調教馬です。

3歳時に伊ダービーを優勝、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを2着、凱旋門賞を2着しています。

また、3歳時はジャパンCに出走しています。結果は13着でした。

4歳時に武豊騎手がホワイトマズルに初めて騎乗したキングジョージ6世&クイーンエリザベスSで2着となります。

キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを2着2回、前年の凱旋門賞を2着という実績十分な馬でした。

武豊騎手、初めての凱旋門賞を勝ち負けできる馬で挑戦しました。

レースでは勝ちに行くポジションを取れず、後方から一番外を回してきました。

それと比較して、1着のカーネギーとティエリ・ジャルネ騎手は、これこそ凱旋門賞の勝ち方という理想的な競馬をしました。

結果論ですが、武豊騎手の経験不足が影響した6着でした。

ホワイトマズル自身が好走したり凡走したりムラのある馬でした。

勝ち切るまでの力はありませんでした。

しかし、有力外国人騎手であれば、勝てたかは分かりませんが、6着より上の着順でした。

2001年サガシティー(Sagacity)3着

武豊騎手の凱旋門賞史の中で、最も上手な騎乗をしたのがサガシティーでした。

2001年はフランスのジョン・ハモンド調教師に誘われ、長期フランス遠征をした年です。

アンドレ・ファーブル厩舎に所属するサガシティー。

半兄に1998年の凱旋門賞を勝ったサガミックスがいる良血馬です。

3歳時の仏ダービーは9着でした。

勝ち負けまでは厳しく力は劣る馬でした。

レースでは後方待機から前の馬が疲れてくるのを確認しつつ、ラチの内目を進めていきました。

直線の最後で上手く外に出して追い込んできての3着。

勝ったサキーが圧勝しただけに、惜しい感じは全くありませんでしたが、内容のある3着でした。

TBSの番組「情熱大陸」で、武豊騎手の長期フランス遠征・凱旋門賞挑戦を密着していたので記憶にある人は多いはずです。

2006年ディープインパクト(Deep Impact)失格

武豊史上、最高の馬でした。

レースでは、3着入線。

レース後に禁止薬物のイプラトロピウムが検出され失格処分となりました。

ディープインパクトは凱旋門賞を勝つ力は十分にありました。

少数精鋭となった凱旋門賞で武豊騎手は上手く乗っている方でした。

結果論ですが、宝塚記念に勝った後、ぶっつけで凱旋門賞に挑戦したことが失敗でした。

日本調教馬の多くは、ぶっつけで凱旋門賞に挑みます。

馬場が時計がかかる、重い。そういった馬場の違いはあります。

しかし、違うのは馬場だけではなく欧州競馬のコース形態が特殊なことが一番影響します。

日本調教馬の多くは、この特殊なコース形態に慣れることができず、レース道中で無駄なパワーを使ってしまいます。

ディープインパクトもその例に漏れず、レース道中で何とか我慢はしていますが、ロンシャン競馬場の芝2400mにアジャストできていませんでした。

凱旋門賞のステップとして、フォワ賞を使っていたら、結果は違っていたかもしれません。

より早く海外拠点を作り調整をしていたら、禁止薬物に関する問題を回避できたかもしれません。

日本競馬界はここで勝てると、とても期待していただけにショックは大きかったのが本音です。

レース実況はテレビ中継され、解説は元騎手の岡部幸雄さんが担当する入れ込みようでした。

実況の最後の直線で岡部幸雄さんの「まだまだ」の声が入っていたことを記憶している人も多いでしょう。

2008年メイショウサムソン(Meisho Samson)10着

父オペラハウス、母父ダンシングブレーブという重い欧州血脈でありながら、日本ダービーを勝つなど日本競馬で活躍した馬です。

親交ある先輩騎手の石橋守騎手が主戦を務めていました。

4歳時の天皇賞秋から武豊騎手が手綱を任されるようになります。

5歳時に宝塚記念2着とした後に、ぶっつけで凱旋門賞に挑みます。

この時はレース道中は内ラチ沿いの後方に位置取りをして欧州競馬の流れに乗せる競馬をしました。

しかし、やはりぶっつけでの挑戦では、特殊なコース形態・レースの流れに馴染めません。

どうしても掛かるような場面、他馬からのプレッシャーに耐えられず首を上げるシーンが見られます。

結果は10着でしたが、欧州馬場にはフィットしていました。

欧州競馬の流れ、リズム、特殊なコース形態に適応することに重きを置くこと。

これが凱旋門賞攻略に一番重要なことを感じたレースでした。

2010年ヴィクトワールピサ(Victoire Pisa)7着

武豊騎手は、2010年の毎日杯で壮絶な落馬事故に遭います。

落馬事故の後遺症は大きく、万全の体調で騎乗できるようになるまで数年はかかったように思えます。

凱旋門賞に騎乗はしましたが、体調は万全では無かった。

レースでは道中後方の馬群に位置して、直線をむかえる勝負処で苦しい位置取りになりました。

勝ち負けには絶望的なところまで下がってしまい、直線で反応はしましたが7着でした。

ヴィクトワールピサ自身、得意な中山競馬場であれば距離をこなせますが、芝2400mは距離が長いところも影響したかもしれません。

レースでの乗り方が良くても、勝ち負けまでは苦しかった馬でした。

それに引き換え、大健闘したのが武豊騎手の同期である蛯名正義騎手が騎乗したナカヤマフェスタです。

レースではスムーズな位置取りで直線もしっかり反応しました。

先頭に躍り出ますが、内から伸びてきたワークフォースに競り落とされての2着でした。

凱旋門賞に関しては、蛯名正義騎手の方が上手に乗っていて、武豊騎手の方が下手に乗っている印象はあります。

ディープインパクト以降、日本馬の凱旋門賞制覇は厳しいという印象があった日本競馬界でした。

ナカヤマフェスタ自身は、宝塚記念のGⅠ1勝のみ。決して日本競馬の最強ホースといった存在ではありません。

このレースは欧州競馬の流れ・コース・馬場に適応できる馬であれば、日本競馬を圧倒するような馬である必要はない。

そのことを示したレースでした。

2013年キズナ(Kizuna)4着

2010年の毎日杯で壮絶な落馬事故から成績を落とし、苦しい時を過ごした武豊騎手。

とは言え、苦しい時もGⅠ勝ちをするなど一定の成績は残しますが、全盛期には及ばない内容でした。

成績は下降していき、武豊は終わったという空気がありました。

そんな武豊騎手が復活を果たしたのが、2013年の日本ダービーのキズナでした。

日本ダービーを勝ったキズナは菊花賞には進まず、凱旋門賞に挑戦します。

前哨戦のニエル賞で英ダービー馬のルーラーオブザワールドを退けて優勝を果たします。

本番の凱旋門賞では調子は上向いていました。

しかし、この時の日本競馬界の期待を一身に背負っていたのは、オルフェーヴルでした。

前年の凱旋門賞では直線で先頭に立つも、内ラチ沿いに寄れてしまい、不運と言っていい2着。

再度の挑戦であり、前哨戦のフォワ賞でとても中身の濃い内容で圧勝。

レース前のインタビューでは、オルフェーヴルを管理する池江泰寿調教師から、「勝てる」という自信があるコメントが見られました。

管理する池江泰寿調教師は、武豊騎手と幼馴染で同学年になります。

前年の欧州競馬遠征での実績、前走のフォワ賞の内容、血統は海外洋芝に強いステイゴールド産駒。

ここで勝てると日本競馬界は思ったはずです。地上波でもテレビ中継され期待感MAXでした。

ただ。

1頭ものすごい馬がフランスにいました。

トレヴです。

衝撃的な強さで、2着に入ったオルフェーヴルを大きく離して圧倒してしまいました。

ロンシャン競馬場の芝2400m。直線をむかえた2000m~2200mの通過ラップが11.04秒という速い脚を使って一気に突き放されました。

その年、オルフェーヴルは引退レースの有馬記念を勝ちますが、池江泰寿調教師の勝利コメントからはトレヴに対するトラウマを感じたほどです。

武豊騎手自身はキズナで凱旋門賞を勝つためには、まずオルフェーヴルを負かさなければいけないとコメントを残していました。

実際にレースでもオルフェーヴルをマークして、直線では蓋をする形をとっています。

武豊騎手は、良い形の競馬はしました。

例え、日本最強クラスの馬が凱旋門賞に挑戦し欧州競馬に適応できても、欧州の方に化け物級の馬がいたら難しいことを示したレースでした。

とにかく、トレヴがあまりに強すぎた。

その一言に尽きる年でした。

2018年クリンチャー(Clincher)17着

クリンチャーは、稀にみる不良馬場となった2017年の菊花賞で2着となった馬です。

2018年の天皇賞春では3着となります。

GⅠを勝ち切る決め手はありませんでしたが、スタミナはあり能力はある馬でした。

2018年の秋は武豊騎手と凱旋門賞に挑戦します。

レース道中は先行集団の内ラチ沿いに付けて、良いポジションを取りました。

勝ったエネイブルの丁度1頭分内側でした。

結果論ですが、クリンチャーは凱旋門賞で勝ち負けするには力不足でした。

欧州馬場に対する適性が高くはないことも影響しました。

前走のフォワ賞から適性が高くはないことを示していました。

力不足のある馬でしたが、武豊騎手自身は攻めの騎乗を見せることができた年でした。

2019年ソフトライト(Soft Light)6着

エネイブルの凱旋門賞3連覇が期待された年です。

武豊騎手はフランス調教馬のソフトライトで凱旋門賞に挑戦します。

能力的には1枚、2枚劣るところがあり、正直勝ち負けは厳しい印象がありました。

レース道中は無理せず、有力馬たちがやり合って漁夫の利的に後方から勝機があれば、という乗り方でした。

日本調教馬は3頭挑戦しました。

2019年の天皇賞春を勝ったフィエールマン(ルメール騎手)、結果は12着。

2018年の有馬記念を勝ったブラストワンピース(川田将雅騎手)、結果は11着。

2017年の菊花賞を勝ったキセキ(スミヨン騎手)、結果は7着

キセキはステップレースとしてフォワ賞を使いました。

フィエールマンとブラストワンピースは札幌記念をステップにして英国調教から凱旋門賞に挑むという特殊なローテーションを選択しました。

この時のフィエールマンとブラストワンピースの選択は完全に失敗でした。

やはり、一度、ロンシャン競馬場の芝2400mを走った方が成績は良いです。

それだけ、特殊なコース形態、馬場状態になります。

3連覇を目指したエネイブルは、ゴール前にヴァルトガイストの強襲を受けて2着でした。

振り返ると、武豊騎手は日本人としては最先着を果たした年でした。

2021年ブルーム(Broome)11着

マツシマホールディングスの松島オーナーが所有するエイダン・オブライエン厩舎のブルームに騎乗しました。

レースでは最初に先頭を奪う積極的な競馬をしました。

途中から3番手の内目という良いポジションにおさまります。

ブルームは力のある馬ですが、欧州の主要レースを勝ち切る力までは持っていません。

結果的には力不足なところがありました。

日本調教馬は2頭が挑戦しました。

2021年の宝塚記念を圧勝して名実ともに日本最強馬として挑戦したクロノジェネシス(マーフィー騎手)、結果は7着。

2021年の天皇賞春を2着、前哨戦のフォワ賞を勝って挑んだディープボンド(バルザローナ騎手)、結果は14着。

クロノジェネシスは凱旋門賞を勝ったバゴの産駒です。

日本競馬では馬場が重い条件で圧勝しており、欧州競馬に対する適性の高さを期待されました。

ぶっつけでの凱旋門賞挑戦になってしまい、そうでなければもっとやれたはずです。

凱旋門賞当日の馬場コンディションが重い状態でした。

クロノジェネシスが初めて欧州競馬を走る条件としては、あまりにタフになりすぎたところはありました。

欧州の馬場そのものには十分に適性を感じました。

武豊騎手自身にとっては、最初に挑戦した頃は勝ちを意識したポジションを取れませんでした。

経験を積んで良いポジションを取るようになりました。

今後の凱旋門賞挑戦につながる内容だったと言える年でした。

2022年ドウデュース(Do Deuce)?着

2022年はドウデュースで凱旋門賞に挑戦します。

松島オーナーの所有馬です。

松島オーナー自身は凱旋門賞を勝ちたいわけじゃない。

「武豊が凱旋門賞を勝つところを見たいんだ。」

そう言ってもらえる、武豊騎手をバックアップしてくれる、頼もしいオーナーです。

前哨戦のニエル賞は4着となり、本番の凱旋門賞は苦しいと思われている状況です。

しかし、レース内容を振り返るとニエル賞のレースレベルは高く、勝ったシムカミルも力のある馬です。

シムカミルはパリ大賞で2着した馬です。パリ大賞を勝ったオネストは愛チャンピオンSで接戦の2着をしています。

欧州の主要路線組と比較しても劣りません。

ニエル賞は調教レースであったことを踏まえれば、本番の凱旋門賞で逆転の目は十分にあります。

あとは、武豊騎手が攻めの騎乗、1着を狙う騎乗ができるかどうかでしょう。

個人的に怖い存在は、パリ大賞を勝ったオネストです。

主戦騎手は、ステファン・パスキエ。

凱旋門賞をディープインパクトを差し切ったレイルリンクに騎乗していた騎手です。

因縁というか、ドウデュースが凱旋門賞で勝ち負けする瞬間にあった時には、最後にオネストが姿を現す気がしています。

凱旋門賞まで無事に調整が進み、日本競馬界待望の結果を武豊騎手自身が掴みとってくれたら最高ですね。